9《高橋英樹に始まって》その3

 先生とは番組が終わっても色々お付き合いが続いた。
 あるところで飲んだとき、先生がボソリとまた一言。「今、新聞の連載を頼まれて何を書こうかと考えてるんだ」。「先生、そろそろ捕物帳をお書きになったらどうですか。柴錬捕物帳と銘打って型破りなのを・・・」。当時「オール讀物」で柴錬立川文庫というシリーズを連載中だった先生は、黙って次を促した。「半七も人形佐吉も銭形平次も、古典的な捕物帳はみんな主人公が二枚目です。その常識を破って三枚目の目明かしとか、チンチクリンな面相だけど憎めないキャラクターの捕り物も、テレビ的で面白いんですがねえ」。「面白いな。それやってみるか・・・」で「岡っ引きどぶ」が生まれた。
 私が編成に再度カムバックした80年代、「時代劇スペシャル」という毎週単発2時間ものの時代劇シリーズを編成したとき、この原作は田中邦衛が演じた。
 ときどき石神井の私の団地に電話がかかってきた。
 ある夏、軽井沢からの電話だった。「コマーシャルに出ろと行って来たのがいるんだが・・・どう思うかね」「どこのCMですか?」「日本酒のメーカーで、確か白鷹とか言っていたな」。辛口の酒である。「どんな芝居をするんですか?」「何もしなくていい、と言うんだ」「何も?」「ウン、酒は白鷹、男は辛口・・・だったかな、逆かな、酒は辛口、男は白鷹だったか、キャッチフレーズがあって、俺の顔だけ写すらしい」。何もしない先生のへの字の口許と辛口がダブって思わず笑った。「いいじゃないですか。ぴったしですよ。やった方がいいですよ」「そうか、そう思うか、じゃやろう」と言った電話だった。
 その先生も78年、61歳の若さで亡くなった。
 高橋英樹と組んだ数年間で、私的にはもっとも愛着のある番組が「ぶらり信兵衛・道場破り」である。山本周五郎に「人情裏長屋」という好短編がある。主人公は木挽町の十六店という裏長屋に住む松村信兵衛。彼は近くの丸源という粗末な居酒屋で毎晩飲んでいる。そのくせ金に困った様子はない。それどころか長屋の住人が困っていると、内緒で大家に家賃を払いに行く。長屋の隣部屋は夜鳴きソバ屋の重助老人と18歳の孫娘のおぶんちゃんがいて、3年前に信兵衛が引っ越して来た15歳の時から炊事洗濯を引き受けている。実は彼の商売は道場破りである。まとまった金が必要になると、繁盛している道場を探して試合を申し込む。最初に2、3人片付けて、師範代を破り、道場主を追い詰める。相手が「参った」という直前に、こちらが「参った」と手をつき、道場主を誉め上げ、「また教わりに来る」と言えば、たいていの道場主は奥へ招き入れてお金を差し出す。高橋英樹は武張った面と明るいコミックな面を持つキャラクターだったので、この役はぴったりだった。周五郎の著作権を代行管理していた新潮社の新田部長にお願いし、この短編の設定でレギュラー人物を配し、毎回のエピソードは周五郎全集のすべての短編からアレンジするという破格の許可をいただいた。最初は「人情裏長屋」のエピソードでと、気鋭の脚本家倉本聰に以来した。彼とはこの出会いが最初である。鶴坊という子供のからんだエピソードは1回でまとめ切れず、1週、2週を前後編でスタートした。この番組も好評で、早い回から20%を超えたし、今までの8時台から放送枠を9時台に下げたために、ナイターシーズンも休まず続けることができ、1年間続いた。このシリーズで私がひそかに自慢できることがある。「信兵衛シリーズ」全50話すべて、主人公が人を斬ったことも、その周辺で人が斬られたこともなかったことである。これは時代劇として初めてではないだろうか。