9《幾つかの番組たち》〜『男はつらいよ』編〜

 その点(前項の『若者たち』と異なり)、ギネスブックに載るほど長いシリーズになったため、『男はつらいよ』は誰もが知っている。でもこの人気映画がフジのテレビ番組から始まったことを知る人は少なくなった。NHK『夢であいましょう』など、テレビの初期から渥美さんは人気タレントだった。フジでは昭和41年から翌年にかけて中村玉緒さんとコンビを組んだ『おもろい夫婦』が当たった。終戦直後「破壊的な人相」と「純情詩集」で売り出し、交通事故死した天才落語家三遊亭歌笑をモデルにして大当たり、30%を記録した。以来、渥美さんの夫婦シリーズは、半年ごとに女房役を変えたり、設定を変えてドル箱シリーズになったが、意欲と冒険心のある役者ならだれでもそうであるように、渥美さんも夫婦ものにマンネリズムを感じたらしく、42年の暮れごろ「夫婦もの以外のドラマ」をやりたいという強い希望を出してきた。
 その頃、TBSの4月編成では、日曜8時のナイターの雨傘に『泣いてたまるか』という通しタイトルで渥美清青島幸男の交互主演の単発ドラマを放送していた。
 TBSとしては単発すべてを渥美さんで企画したが、フジの連続ドラマのために実現できなかったイキサツがあった。フジが渥美さんの希望を叶える企画を出せなかったら、渥美さんはTBSに取られてしまう可能性があった。夫婦もの以外に一体どんな男女関係のパターンがあるか。すでに青島さんと交互の単発ドラマとは言え、考えられる設定は殆どTBSが考えていた。
 私が思いついたパターンは2つしかなかった。Aパターンは「無法松のパターン」。つまりは吉岡未亡人のようなマドンナに対する無償の善意、憧れを持ったヘンな男のヘンなドラマができないか。Bパターンは「愚兄賢妹パターン」。男女は他人ではなく肉親の関係。姉にするか妹にするかで、佐々木邦の戦前ユーモア小説『愚兄賢弟』の連想から賢妹にした。「泣くな妹よ、妹よ泣くな……」という歌謡曲イメージもあった。ここから先は作家の問題である。どこかにコメディの書ける作家はいないものか。当時渥美さんのマネージメントや企画を取り仕切っていた高島さんに、「作家じゃないけど、あの監督さんなら書けると思うけど、受けてくれるかどうか」と切り出した名前が山田洋次さんだった。ハナ肇さんで『馬鹿まるだし』、『馬鹿が戦車でやってくる』などの脚本・監督を一人でやっていた山田さんの、私は密かなファンだった。高島さんと一緒にAB両パターンを持って山田さんに初めて会ったのは昭和43年夏。
 赤坂のTBS近くの近源旅館の2階に、山田さんは端然と坐っていた。窓の外の蝉の声が激しかった。第1日目は静かに丁寧に断られた。相手は年に何本かしか撮らない映画人である。放送開始までにあと3ヵ月足らず、できれば毎週書いてほしいと言って説得できるわけがない。体力に自信がないとか、日程的に無理とか言われた記憶がある。2日目の訪問では少し作戦を変えた。13本で結構です。途中に山田さんのグループの方々の本を混ぜても結構です。山田さんはノートを持ち出して、ご自身の細かな年間スケジュールを説明した。渥美さんには大変興味はあるが、どうしても長丁場のテレビは無理だと言ったものの、初日よりやや軟化の兆しが見えた。
 「テレビはリズムだと思います。映画は映画館に客を入れてから見せるので、映像に凝ることもできますが、いろんな雑音のある茶の間では、リズムで見せる作り方が必要な気がします」という意味のことを言われた。
 あと一押しだった。渥美さんに興味を示したことで、3日目には「おもろい夫婦」の演出を担当した小林俊一さんを加えた。「最低、最初の1本だけでもいいです。書けるだけで結構です。後は別の作家をスタンバイします」。山田さんが「やりましょう」と言って、最後に付け加えた言葉が印象的だった。
 「私は何年か、松竹の上層部にテキヤの戦後史のような企画を提出して、そのつど却下されてきました。その話を無法松や愚兄賢妹にくっつけましょう。会社の偉い人は現金だから、テレビがヒットすれば映画化できるかも知れませんから」。本当にその通りになった。
 局へ帰って、主人公の職業はテキヤだと言ったら営業は露骨に嫌な顔をした。代理店が飛んで来て「テキヤ」とかヤシという言葉は使わないでくれ」と言うので、「風来坊で極楽トンボで大道行商をしている男」にした。タイトルは「お任せします」と監督に言われていたが、難渋した。直感ではあるが、当時『一本どっこ』や『三百六十五歩のマーチ』の作詞で冴えに冴えていた星野哲郎さんの世界だと思い、彼の作詞集を読みあさり、北島三郎さんが歌った『意地のすじがね』という作詞のスリーコーラス目の最後の行に、「つらいものだぜ男とは」というフレーズを見つけ、『男はつらいよ』と命名したのは、記者発表資料のデッドライン間際の夜の10時ごろだった。
 ドラマは木曜夜10時から45分番組で26回。43年10月7日にスタートした。テレビでは妹さくらに長山藍子さんが好演した。オイちゃんの森川信さんはじめ映画とダブる配役は多い。星野哲郎作詞、山本直純作曲の主題歌は、のちに映画も同じものを使った。